流行ファッション

流行ファッション/年代流行

流行した髪型

1950年代 流行ファッション

1960年代 流行ファッション

1970年代 流行ファッション

1980年代 流行ファッション

1990年代 流行ファッション

2000年代 流行ファッション

   1950年代 流行ファッション/年代流行

まだまだ戦争の傷跡が色濃く残る1950年代ですがファッション対する関心は多くの人が持っていました。

1947年、クリスチャンディーオールが発表した「ニュー・ルック」。このニュールックとは、丸みある肩と胸、細く絞られたウエスト、裾の広がったスカートが女性の身体をスッキリ見せるファッションで、 '50年代ファッションの基盤となり、日本にもその影響は大きく流れてきます。

石原慎太郎の著書「太陽の季節」の映画化のブームにより、映画の登場人物達のファッションを真似た「太陽族」と呼ばれる若者たちが登場します。この太陽族のファッションは、スポーツ刈りにアロハシャツ、マンボズボン、サングラス、ボールドルックのスーツなど。

洋画「ローマの休日」や「いとしのサブリナ」の映画の大流行の影響でオードリーヘップバーンのファッションを真似、ヘップバーンカット、サブリナパンツなどのファッションもまた女性の間で大流行しました。

   ネッカチーフ

ネッカチーフは直角二等辺三角形の布で出来ており、着用の際は三角形の長辺から頂部に向かって巻き上げて首にかけ、チーフリングと呼ばれる留め具を用いて制服の第一ボタンと第二ボタンの間で留める。

GHQの統治中には戦勝国アメリカへの憧れから、ネッカチーフなどのアメリカンファッションが流行した。

 

   パナマ帽

パナマ帽は、パナマソウの葉を細く裂いた紐で作られる、夏用のつば付の帽子。

開襟シャツ、ぶっといズボン、パナマ帽、扇子は夏の定番衣装だった。

   ロカビリー族

「ロカビリー族」が誕生したのは、1958年に開催された『日劇ウエスタン・カーニバル』がきっかけです。「ロカビリー族」のファッションの特徴は、リーゼントに身ごろの長いジャケット、シャツはオープンカラー、そしてマンボズボン。ロカビリー族が好んだ町は異国の雰囲気あふれる六本木だった。

   六本木族

六本木に集まったロカビリー族が、後に六本木族と呼ばれるようになり、峰岸徹や加賀まりこなど、六本木からスターが生まれるようにもなった。革ジャンや細身のパンツ。

   ニュー・ルック

1947年クリスチャン・ディオールがコレクションとして発表した新しいシルエットをニュールックといいます。 ポイントはゆったりなだらかな肩に、細く絞ったウエスト、長くてフルなフレアースカートが特徴です。

昭和40年後半に流行った物が50年台でリバイバルしたものです。ボンキュッボンの8ラインを強調したこのスタイル。

   真知子巻き

「真知子」はラジオドラマ『君の名は』のヒロイン名に由来する。

このドラマから流行した真知子巻きとは、首から頭にかけてショールを巻くスタイルの一種

   サブリナパンツ

サブリナパンツとは細身の七分・八分丈パンツのことでオードリー・ヘップバーン主演の映画「麗しのサブリナ」で、オードリーが身に着けていたことからこの名で呼ばれる。

腰から裾までがぴったりと体の線に沿ったふくらはぎ丈のパンツでオードリーの影響で1950年代当時の女性たちに爆発的に流行した。

   太陽族

石原慎太郎の短編小説「太陽の季節」で描かれたような、無秩序な行動をとる若者や、作品に影響を受けたとして犯罪行為をする若者。

ファッションは海辺でセーリングを楽しむ様な夏のイメージの強い感じ。

ツッパリ、ヤンキー、ギャング系の元祖という説もある。

   アロハシャツ

ハワイの日系移民の着物地で出来たシャツがそのルーツと言われている。

高価なシルクの代わりに代用したレーヨンを使ったもので大量生産されていた。

布地は主に3種類でフジエットは富士絹に似た風合いでしなやか、フィラメントは柔らかい肌触りと温かみのある光沢が特徴、壁チリメンは和柄に多く使われた。

太陽族が着ていたのファッション。

   マンボズボン

マンボは1950年代に流行したラテン音楽の一種。そうした音楽の影響から演奏するバンドマンの服装を真似たマンボスタイルのパンツが生まれた。

腰から腿にかけてはゆったりしていて、裾にかけては急に細くなったパンツ。

2010年に流行ったサルエルパンツに近い。

   ボールドルックのスーツ

第二次世界大戦直後に流行したアメリカ型スーツ。

広い肩幅、ラペル、強いウエストの絞り、などを特徴とするジャケットに、たっぷりとしたドレープパンツの組み合わせで、全体にガッシリしたスタイルのもの。

英国ではアメリカンスーツと呼んだ。

   サックドレス

「サック」とは袋のことで、ずん胴形のまるで袋のようなシルエットのドレスを言う。1958年のパリコレクションで発表され世界中で大ヒットした。これまでのウエストをくびれさせたXライン型のドレスとはちがい、全くウエストラインをマークしないもので着やすさが人気となった。

   カミナリ族

カミナリ族とは現代でいう暴走族のことである。マフラーの芯を抜くなどの改造を施すことから騒音が大きく、その音が雷に似ているとしてこの呼び名がついた。全国に数百のグループが存在したといわれる。

ただし。1950年代にバイクを所持出来る若者は裕福な家庭の子であり、格好はお洒落で暴力性もなく、暴走族とはイメージの異なる集団であった。

   1960年代 流行ファッション/年代流行

60年代を象徴するファッションとしてヒッピーが挙げられ、現代ファッションにも取り入れられる事が多々あります。

社会的な解放運動を行う人々のファッションから誕生した物でフレアジーンズにTシャツをメインに、インド・アフリカ・東欧などの民族をモチーフにしたものが多かった。

ビートルズの影響で流行ったモッズファッションの特徴は細身のスーツでスリムなパンツ、ミリタリーパーカーなどです。

当時、流行に敏感な若者「みゆき族」の間で大流行したファッションがアイビー・ルックです。

このファッションの特徴は、3つボタンのブレザー、ボタンダウン・シャツ、コットンパンツ、コイン・ローファー、ロングスカートにリボンベルトを結び、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶったりと少し着崩していました。

   ヒッピー

米国を中心にヒッピーが生まれたのもこの年代。ヒッピーは、伝統・制度などの既成概念、価値観に縛られた社会生活を否定することを信条とし、自然への回帰を提唱する人々の総称。1960年代後半に、おもにアメリカの若者の間で生まれたムーブメント。彼らは基本的に自然と愛と平和と芸術と自由を愛していると述べている。日本ではフーテンと呼称された時期もあるが、ファッションの観点からみると植物系の色とりどりの柄。頭のバンド等、根強い人気のあるジャンル。

   モッズ

60年代半ば、ビートルズから派生したイギリスでのグループサウンズのファッション。 音楽面での衝撃とともに、彼らが着ていたモッズファッションは、日本のメンズファッションにも大きな影響を与えました。

モッズと呼ばれたこのファッションの特徴は、長髪に船員帽、水玉や花柄など派手な柄でウエストを細くしたシャツ、股上の浅いスリムパンツ、幅広ネクタイ、そしてブーツなど。 こうしたスタイルは、日本ではグループサウンズファッションとして開花します。 モッズファッションをアレンジしたミリタリー調のザ・スパイダーズ、フェミニン調なタイガースなどが代表的なバンドです。

   ホンコンシャツ

テトロン素材などの半袖ワイシャツで、その速乾性で暑い日本の夏に働く男の必需品のように支持され、爆発的に売れた。忙しいビジネスマンにとって、速乾性素材が時代にマッチしていた。

   船員帽

1960年代半ばに流行したモッズルックに見られる帽子のことを指す。

ダッチボーイキャップ(オランダの船員帽)をモチーフに作られたもので、しっかりとしたひさしと柔らかい印象のクラウン(山部)を特徴とする。

   VAN

故・石津謙介氏によって誕生したファッション・ブランド。

石津謙介氏は1951年に独立し石津商店(後のヴァンジャケット)を設立。1957(昭和32)年にブランド「VAN」からアイビーファッションを発表した。

1960年代には、「ホンコンシャツ」と命名した半袖ワイシャツが流行したほか、「VAN」ブランドが提案したアイビー・ルックは若者の間にブームを呼び、「みゆき族」を生み出した。

VANは町の洋品店をメンズショップにに変え、百貨店の紳士服売り場を"VANコーナー"や"VAN SHOP"に衣替えさせていった。

   アイビー・ルック

アメリカの8大学により結成されたフットボール連盟があり、その彼らが来ていたファッション。連盟となっている各校にはレンガ造りの校舎に生い茂る蔦(アイビー)がシンボルとなっていたことからアイビールックと呼ばれる。

彼らのずん胴型シルエット、3ボタン(上2個掛ける)という細長いストレ-トなライン、アイビーシャツとも呼ばれるほどの定番、ボタンダウンシャツを着るというファッションが流行となりました。

   パンタロン

パンタロンとは、長いズボンやパンツ類をさすフランス語である。「pan」は裾で「talon」は踵。道化役者が穿いていたズボン・パンツが発祥と言われている。

日本では、1960年代後半から1970年前半にかけて、裾広がりのベルボトムが大流行していた。その頃から「パンタロン」というフランス語が、使われ始めたために、ベルボトム型のパンツを意味する言葉として使われた。

   ボタンダウンシャツ

シャツカラーの衿先を見頃にボタンで留めるシャツのこと。

VANジャケット社が仕掛けたアイビーのブームによって、私服らしい私服のなかった当時の若者に爆発的に広まった。

アメリカでは上流階級のイメージだったが日本では不良というイメージだった。

   コイン・ローファー

1960年代にサドル部分に1セントコインを挟むのが学生の間で流行しそこからコイン・ローファーという愛称で親しまれるようになりました。

アッパーはライニング無しの一枚革を使用し、履くほどに足に馴染みソールはレザーソール、ヒールにはラバーが張ってり、歩き易さにも考慮されています。

   ミニスカート

1965年(昭和40年)8月11日、帝人が日本で初めてのミニスカート「テイジンエル」を発売。

美空ひばりが、1967年にテレビの歌謡番組で『真赤な太陽』を初めてミニスカート姿で歌ったことも話題となり、1960年代後半ミニスカートが大流行となった。

この当時多くの女性のミニスカートはひざ丈よりやや短い程度であった。

   みゆき族

64年の5月頃から銀座のみゆき通りや並木通りに大勢の若者がたむろするようになり、みゆき通りにちなんで「みゆき族」と名づけられました。

ファッションの特徴は、男性は流行中のアイビー・ルックを少し崩したスタイル。女性はロングスカートのバックに共布のリボンベルトを結び、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶる。 そして男女ともに、大きな紙袋か麻袋をかばん代わりに抱えていました。

紙袋はVANが大人気で、こうした袋類以外ではショルダーバッグを持つパターンもありました。

   サイケ族

1967年、新宿東口駅前広場に若者の集団が現れました。

仕事もせず、特に何をするでもない彼らのファッションは、ユニセックス、汚れたTシャツにジーンズ、素足にサンダル、ショルダーバッグ、そしてヘアースタイルはモッズ以上の長髪に無精ひげといったものでした。

元々ドラッグのイメージをファッションに落としたもので、当時流行ったヒッピーやフーテンと混じって呼ばれる事もありました。彼らの中には芸術家もいて、新宿はアングラ文化の発信地ともなっていました。

   1970年代 流行ファッション/年代流行

1970年代ファッションは実にバリエーション豊かな時代へと突入します。

世界でも活躍する「イッセイ・ミヤケ」や「ケンゾー」など、日本人デザイナーが数多く誕生し、数多くのコレクションを発表しました。

そんな時代に、注目されたのが、それまで作業着として扱われていたジーンズです。

70年代にはハイファッションのデザイナーによるジーンズを取り入れたファッションが注目を集め、ジーンズはお洒落の定番アイテムとして定着しだしました。

アメリカのサブカルチャー文化が日本にも渡来し、テニスやサーフィンなどアメリカンスポーツが日本で人気になっていました。その影響もあり、日本ではジーンズを台等に、ダウンジャケットやトレーナーなど、カジュアルなファッションが人気になっていました。

この当時は「an an」、「non-no」などのファッション雑誌も数多く誕生しました。

「an an」により流行したのが、横浜発祥の「ニュートラ」です。ワンピースやブレザー、カーディガンなどに、エスメスやグッチなどの有名ブランドバックをアイテムに利用した、お嬢様ファッションです。

   アンノン族

1970年に創刊された若い女性向きの雑誌『an・an(アンアン)』と、1971年創刊の『non-no』(ノンノ)は、多数のカラー写真による旅行特集を掲載した。美しい写真や記事に刺激され、これらのファッション雑誌を片手に持った多数の若い女性が特定の観光地に押しかけたので、アンノン族と命名された。

   アランセーター

「フィッシャーマンセーター」とも呼ばれ、わが国でも1970年代初頭に大流行した。縄編みの柄が浮き出すように入った白いセーターであり、その発祥は、アイルランド西岸のアラン諸島で女たちによって編まれたものである。

   サファリジャケット

元々アフリカの草原地帯でサファリに出かける目的のために考案された衣服。

1969年にあのイヴ・サンローランがサファリルックを発表したのをきっかけに、1960年~70年代にかけて大流行した。

当時はフレア系パンツに合わせて着るのが定番。

太陽にほえろ!のジーパン刑事やテキサス刑事の衣装にもなった。

   トンボめがね

1970年代の歌謡界に旋風を巻き起こした男女5人兄弟グループ、フィンガー5のアキラがかけていたことにより流行した。 トンボの目のように大きいことに由来する。

   ベルボトム

ベルボトムとは、裾が大きくなったズボンのデザイン。又上は身体にフィットし、膝から裾に向かって広がっているもの。

金管楽器のベルの形に似ていることからベルボトムと呼ばれている。日本では[パンタロン]や[ラッパズボン]とも呼ばれたこともある。丈の長いブーツを下に履けることから[ブーツカット]という呼び方もこの時一般的となった。

 

   ホットパンツ

1967年にツイッギーが来日したことが機であったといわれる。彼女の来日によって日本国内で爆発的にミニスカートが人気となる。

この傾向で女性が脚を露出する事にさほど抵抗がなくなったといわれ、ミニスカート人気が冷めぬ前にホットパンツが国内に伝わった為、欧米と同様に女性の抵抗なく流行し、特に1971年から1972年までは海岸でのカジュアルスタイルとして、若い女性を中心に流行したアイテム。

 

   イッセイ・ミヤケ

1970年に三宅一生が「三宅デザイン事務所」を設立、71年、ブランド「ISSEY MIYAKE(イッセイ ミヤケ)」としてニューヨークにてコレクションを発表した。

デザインの特徴は「一枚の布」という考え方のもと、一本の糸からオリジナルで素材を開発しながら、身体とそれをおおう布その間に生まれる「ゆとり」や「間(ま)」の関係を追求している。

   1980年代 流行ファッション/年代流行

1980年代、日本経済はバブル期により景気が上昇し、若い世代から社会人まで、お金をかけたファションを楽しむ時期でした。そんな時代の流行ファッションの台等するのがデザイナーズブランドとキャラクターズブランドの総称「DCブランド」ファッション。

タイトなドレスで女性の体形を美しく見せた「ボディ・コンシャス」、略して「ボディコン」が大人気となった。

豪華に飾り立てたファッションの流行とは異なった、Tシャツやポロシャツ、ジーンズにチノパンといった誠実でカジュアルなファッション「渋カジ」も人気がありました。

この「渋カジ」は「渋谷カジュアル」の略称で、都内で育った若い世代により受け入れられ流行しました。

カジュアルながらも、やはりブランド性にこだわりる事には変わりなく、基本は有名ブランドメーカーのモノが好まれていたようです。

   竹の子族

竹の子族は、野外で原色系の派手な衣装でディスコサウンドにあわせてステップダンスを踊る現象や参加者の総称。

ファッションは原色と大きな柄物の生地を多用し、化粧についても男女問わず多くの注目を引こうと鮮やかなメイクをしていた。

1980年代前半、原宿の代々木公園横に設けられた歩行者天国でラジカセを囲み路上で踊っていた。車両を止めて歩行者達のお祭り状態となる歩行者天国(ほこ天)はこの時から一般的になっていった。

 

   DCブランド

DCブランドとは1980年代中盤に日本でブームとなった、日本の衣服のデザイナーズブランドとキャラクターズブランドの総称。DCとはDesigner's & Character'sの略である。

デザイナーズブランドとはデザイナーがブランドのイメージづくりから商品の企画、制作、生産まで主導的な立場で関わる。

代表的なものは、川久保玲の「コム・デ・ギャルソン」、山本耀司の「ヨウジ・ヤマモト」、高橋盾の「アンダーカバー」、「アンダーカバイズム」、高田賢三の「KENZO」、三宅一生の「イッセイ・ミヤケ」など。

   ボロルック、乞食ルック

日本のファッションデザイナー・川久保玲が設立したコムデギャルソンがパリコレで披露したファッション。

色彩がダーク、素材は古着のようなもので、シワシワなものや穴の空いたものや加工したものを使用。

カッティングもシンプルながら大胆なカッティングで、オーバーサイズで体のラインは全く隠されてしまうもだった。

   カラス族

上から下まで全身黒ずくめの服装で身を覆った若者達をカラスになぞってカラス族とよんだ。

ワイズやコムデギャルソンなどのDCブランドが喪でしかなかった黒色のイメージを一新させた。

   スタジアムジャンパー

元はスポーツ選手が防寒用にスタジアムでユニフォームの上から着るジャンパーのことで、胸や背中にチームの名前やマークなどが印刷もしくは刺繍されているもの。スタジャンと略される。80年代にブームを迎えて以来、ストリートやカレッジの定番となっている。

   ボディコン

ボディコンとはボディ・コンシャス(body-conscious)の略語で、体に密着する素材を使い、体の線(ボディ・ライン)を強調した服。

DCブランドから、さらにシルエットをシェイプしたスタイルのボディコンファッションが生まれた。

元々は女性の自己主張、解放を目指すファッションの動きの一つでもあったが、日本では主に遊び着として広まり、特に1980年代のバブル期以降にブームとなった。

   渋カジ

渋谷のカジュアルの略で、1980年代後半~90年代の若者のファッションスタイル。

渋谷の高校生から発信された渋カジはポロシャツ、ローファー、ジーンズといったシンプルなもの。

1990年に入り、そういった着こなしで歩く渋谷の男子高校生をメディアが渋カジという言葉とともに取り上げ全国的に普及。

渋カジの特徴であった「紺ブレ」(紺のブレザーの略)という言葉も同時に普及した。

  紺ブレ

渋谷区、港区、世田谷区などの首都圏の私立男子高生のブレザーが発祥と言われる渋カジの定番ファッション。

ジーンズやポロシャツ、Tシャツなどに紺のブレザーを合わせることで、キレイなカジュアル「キレカジ」というファッションになった。

紺ブレは男女を問わず若者の支持を受け、ジーンズだけでなくショートパンツやプリントワンピースなどと組み合わせたりいろいろなファッションバリエーションがあった。

ダブルの金ボタンが特徴的。

  デッキシューズ

デッキシューズとは、船のデッキ(甲板)で使用されることを目的にして製作されたシューズ。

80年代、「デッキシューズ」と呼ばれるカジュアルシューズが、当時の大多数の青少年の足元で流行した。

素足で履くのがお洒落だった。

  ケミカルウォッシュジーンズ

1980年代後半、ケミカルウォッシュという加工が施されたジーンズが流行した。

ケミカルウォッシュとは、ジーンズの生地に使い込んだ風合いを出すために、漂白剤を使ってわざとまだら模様にする加工のこと。「アキバ系」と呼ばれる人たちの定番ファッションとなった。

  MA-1

1980年代後半、映画「トップガン」が上映されたのをきっかけにして、爆発的に流行したミリタリージャケット。同時にレイバンのサングラスやカワサキのバイクも流行した。

   1990年代 流行ファッション/年代流行

1991年のバブル崩壊により、80年代の派手な雰囲気も影をひそめ、後半になるにつれファッションやヘアメイクも落ちついた雰囲気の物が好まれるなど、変化が激しい時代になってゆきます。

Tシャツやジーンズといった活動的でカジュアルなストリートファッションが好まれるなど、あまりお金をかねないファッションに以降しつつある時代になってきます。

しかし若者は勢いがあり「コギャル」と呼ばれていた当時の女の子達は、「茶髪」、「厚底ブーツ」、「ガングロメイク」、「ルーズソックス」などの独自の流行を多く生み出しました。LAファッションや ヒップホップファッション、 グランジロックファッション、スケーターファションなど音楽やスポーツ界のファッションが注目されました。

   グランジファッション

1990年代前半に流行したのがグランジ・ロックのメンバーが来ていた普段着やボロボロの古着等のファッション。グランジとは汚いという意味。

代表的なアイテムは着古して擦り切れたフランネル地のチェックのシャツ、ぼろぼろに穴のあいたジーンズ、古ぼけて穴の開いたカーディガンやスニーカー等。

80年代の派手な衣装のロックスターのファッションとは相反するスタイル。

   アニスベエー

フランスのファッションデザイナーであるアニエス・トゥルーヴレが立ち上げたブランド。

日本には84年に上陸し、90年代にかけて「プレッションカーディガン」などでフレンチカジュアルブームを起こした。

   シャネラー

フランスの女性ファッションデザイナーが興したブランド『シャネル(CHANEL)』に人化する英語の接尾辞『-er』をつけたもので、シャネルのブランド商品を好んで身につける人のこと。

服から小物、アクセサリーまで、全身をシャネルで固めた人や大量にシャネル商品を購入する人をさす。

後に「アムラー」や「シノラー」など、『-er』を付けて人化する言葉がいろいろ出てくるが、シャネラーはその先がけである。

 

   やまんばギャル

あむらー等ギャル系のブームが流行った90年代でのギャルの最終形態。ガングロと呼ばれ全身を日焼けサロンで黒く焼き目の周りを白いメイクをしている。日焼けサロンも「日サロ」と呼ばれブームとなったが、後の美白ブームで一気に現象の一途をたどった。このころからギャルという言葉が定着し、コギャル、ギャルママ、お姉ギャル、ギャル男等様々なものが出てくる。

   厚底サンダル・厚底ブーツ

あむらー等ギャル系のブームが流行った90年代でのギャルの最終形態。ガングロと呼ばれ全身を日焼けサロンで黒く焼き目の周りを白いメイクをしている。日焼けサロンも「日サロ」と呼ばれブームとなったが、後の美白ブームで一気に現象の一途をたどった。このころからギャルという言葉が定着し、コギャル、ギャルママ、お姉ギャル、ギャル男等様々なものが出てくる。

   キャミソール

肩を露出しリゾート地のような格好で街中を歩いていた。

この当時からキャミソールやタンクトップ魅せるパンティなどのランジェリーがファッションの一部として用いられるようになった。

装飾性を追及したおしゃれなランジェリーが次々と登場して、日常使用する機能性重視の下着からランジェリーへと変貌を遂げた。

   ルーズソックス

アムラー等ギャル系のブームが流行った90年代でのギャルの最終形態。ガングロと呼ばれ全身を日焼けサロンで黒く焼き目の周りを白いメイクをしている。日焼けサロンも「日サロ」と呼ばれブームとなったが、後の美白ブームで一気に現象の一途をたどった。このころからギャルという言葉が定着し、コギャル、ギャルママ、お姉ギャル、ギャル男等様々なものが出てくる。

   addidasジャージ

へそを出す「ヘソ出しルック」や、「チビT」と呼ばれるぴったりとしたTシャツが若い世代で流行。こちらもアムラーの影響が強かった。

   スケーターファッション

英字ロゴやイラストの大胆なデザインTシャツにパーカー、ユーズド感のあるジーンズやハーフパンツ、足元には個性的でボリュームのあるスニーカー、帽子は少し斜めにかぶるといったスタイル。

HIPHOPスタイルに似ている。

   裏原系ファッション

裏原系というのはかつて一世を風靡したストリート系の一派。

もともとは90年代後半から裏原宿に始まったアンダーグラウンドなスタイルのことを指します。

そのスタイル自体が古着に傾倒するものやB系、モードなど様々なため、これと言うものがないのも特徴。

   エスニックファッション

アジアやインド、アフリカの民族的なニュアンスを持つスタイルを取り入れたファッションが大ヒットした。

こられの民族的なスタイルは1960年代から脚光を浴びていて、1990年代後半にまた流行がリバイバルしました。

全身を固めると民族衣装そのままになってしまいますが一部に取り入れることによって洗練されたスタイルとなった。

暖かみのある素朴な素材と手作り感で、アクセサリー、帽子、シューズ等の服飾雑貨に人気が集まった。

   腰パン・腰穿き

1990年代後半に男子中高校生の間で制服の着こなしとして大流行した。

関東から全国へ広がり、茶髪・ピアス・ミニスカート・ルーズソックスと並び、校則違反のファッションとして学校を悩ませる社会問題となった。

   サーファーファッション

1990年代後半の70年代ブームで部分的に復活し、一部はギャルファッション、お兄系にも影響を与えた。1990年代以降のサーファーファッションには、茶髪やハーフパンツなども取り入れられている。生地を裏返して薄いビンテージ感を出したアロハ柄のシャツが流行した。

   フリース

1998年ユニクロで発売されたフリースは、日本中に大ブームを巻き起こした。

ユニクロは当時このフリースを1900円という低価格で発売し、1998年には200万枚、1999年には850万枚という驚異的な枚数を販売した。

   2000年代 流行ファッション/年代流行

2000年代に入るとカリスマと呼ばれるファッションリーダがいなくなり自分の好きな服を着るといったファッションの多様化の時代になる。

カジュアルなアイテムとドレッシーなアイテムをあわせる、ロックとフォークロアなど異なるテイストを織り交ぜて着る、といったよ うに、相反する要素を足し引きする「ミックスファッション」の時代だったといえる。

雑誌の専属のプロモデルではなく、その雑誌の読者という立場で特集等で登場し、モデルとして活躍するようになった読者モデルをファッションの参考にする人が増えた。

インターネットの普及で雑誌やファッションショーの洋服も簡単に購入できる時代になった。

全体としては異性をより意識したモテ系ファッションと呼ばれる、女性は可愛らしく男性は爽やかなファッションが流行し

   キレイめ系

全体的に細身にまとめるのが特徴で、清潔感を重視したスタイル。日常生活でもスーツのような格好で黒系でまとめる若者が増えた。

   ミュール

2000年頃からファッション誌などで多く取り上げられるようになり「ミュール」の名称が定着した。

底は薄く、ヒールも細めで、ストラップ等がなく、全体に細く大人っぽい印象のデザインが多い。

ヒールの部分が細くなっているため、不意に脱げてしまったり転倒や足を挫いてしまうこともしばしば起こる。

 

   ローライズ・ジーンズ

2000年頃から欧米の女性歌手や女優のファッションとして国内に入ってきたローライズでは、丈の短い上着と合わせて腰周りや腹部を露出させるスタイルが多く採られている。

腰周りに注目が集まることで、ウエストから上半身がスマートに見え、腹部を圧迫せずに穿くことができるという特徴がある。

ローライズの流行に伴って下着も股上の浅いものが売られるようになった。

   ロングマフラー

2002年ごろから長さ2m以上のロングマフラーが流行しはじめた。

ロングマフラーは従来のマフラーより長いので、首元がより温かくなり、ボリューム感も出るので現在でも人気がある。

   キャスケット

2001年ごろから上部が丸く膨らみ前つばがついたキャスケットという帽子が人気となった。

ハンチング帽の一種だがより丸みを帯びていて、柔らかいイメージの印象になるので女性を中心に広まっていった。素材も豊富で様々な洋服に合わせられるので現在も人気がある。

   ニーハイブーツ

美脚ブームから派生するもので、ショートパンツで脚の露出を上げて膝上丈(ニーハイ丈)のロングブーツや、ニーハイソックスとコーディネイトすることによって、脚を長く見せる効果があった。

   ブーツイン

スリムジーンズよりもさらに裾が細い「スキニージーンズ」が登場し、長い丈のまま足首でたるませて履くスタイルや、裾をロングブーツに入れる「ブーツイン」スタイルが流行した。

最初は主に女性だけがしていたが、その後ジーンズをブーツインする若い男性が増えていった。

   カラータイツ

2007年の秋冬シーズンからカラータイツが流行し、色だけでなく、柄もの、プリントもの、 網タイツ、厚手(マット)、薄手(透け感があったり、光沢があったり)、とバラエティ豊富になっていった。もともとは防寒着として穿いていたタイツだが、このころからオシャレアイテムとして穿くようになった。足長効果が期待でき、トレンカやレギンスといった派生系も流行していった。

 

   ロリータファッション

ロリータファッションは東京や大阪などの日本の都市部で2000年代に急増した、過剰に華やかで、膨らんだスカートに象徴されるお姫様のようなのストリートファッションのことである。

ロリータは人の評価や世の流行は意に介さず、ただ自分の好きな服を着ている。

   スキニージーンズ

2006年にはスキニージーンズ(スキニーデニム)が爆発的に流行。加工タイプよりも、ワンウォッシュや生のデニム生地で、インディゴブルーがキレイなものが多く、そして、スキニージーンズは非常に股上が浅く細身。

   ヒッピーバンド

ボヘミアン・テイストのファッションの流行とともに流行した。ヒッピーバンドとはカチューシャのような感覚で頭に引っ掛けておしゃれするヘヤアクセサリー。チャーム付き編みこみヘアアクセやビーズが連なったヘッドアクセなど様々なバリエーションがある。